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生きてきた世界が違う。普段は身近な人に明かせない僕の本当の姿をつづっていくブログ。

異世界育ち
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イッペイ

  • Author:イッペイ
  • 健常者。弟に重度の障害者患者を持つ。
    弟は短命が宿命づけられ、
    僕はなすすべもなく見守りつつ、
    あらゆる制約を受けながらも
    常に前向きに生きてきたが社会により
    不当な扱いを受け、
    弟は虐待を受け精神錯乱状態に陥ってから
    弟は療養生活を余儀なくされたが
    約2年半後、常軌を逸した
    事件の後遺症が災いして他界。
    社会を生きていくにあたり何か壁にぶつかった時、
    弟の病気のせいにするのが嫌で
    家族にも親友にも誰にも洩らしたことのなかった
    僕の現在と過去を四半世紀経った今、
    自伝として書き綴ってみる。
    プロフィール詳細

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日記~20091ヶ月

2005/03/07 10:08|
弟が他界してから今日で一ヶ月。

比較的落ち着いてきたと言えばそんなような気がするし、逆に、生活を送る中で「弟がいない」ということを逐一実感する機会も増えて、悲しみが増え続けているような相反する気分だ。

あれからもう一ヶ月。

なんだか時間が経ってるって感じがしなくて不思議です。

そのわりには1日がすごく長い。一ヶ月はあっと言う間なんだけど。介護のない生活なんてほとんど無かったわけだから、丸一日自分の時間を過ごすだとか、同じ事を何時間も続けて出来るっていうことが家にいるときは僕の人生の中にはほとんど無かったからかもしれない。長い時間の使い方に慣れてないんだろう。

これが、年を重ねるごとに弟のいない時間が増えていって、やがて僕もおじさんと呼ばれる頃には、人生の中で弟がいない時間の方が長くなるんだ。なんだかそれが嫌だ。

今まで弟は僕の人生の大部分を占めてたから、例えこの世からいなくなったとしても、僕の人生の中で弟はいつまでも僕の中の大部分を占めていて欲しいのに、年をとればそうじゃなくなってしまう。




・・・なんだか、兄弟、しかも障害を負っていて二十代前半という若さでの死別っていうのは、誰もがいずれ受け入れることになる両親の死ってのとはやっぱなんか違うと思う。

兄弟ってのは同等の立場であるはずで、共に育った仲だ。

せめて僕たちが年輩者になるぐらいまでは兄弟ってのはそれぞれの道を歩みながらも健在してるのが、普通なら日ごろからほとんど考えたりもしないような「当たり前の幸せ」ってやつだと思う。だけど人々にとって当たり前の幸せであるはずのそれが、僕にとっては特別なものだったわけだ。

少しでも長く平穏な生活を共に送ってやりたい、なんてのは普通の兄弟だったら普段考えたりしないだろう。 でもうちの場合は3歳の頃から弟の寿命は人より大幅に限られてることがわかってたわけだから、必死にもなる。

他の人なら考えもしない「当たり前のこと」が、僕にとっては全てをかなぐり捨ててでも守りたいもで、それが弟との平穏な生活であり、それは今だから言うんじゃなくて子供の頃からずっとそう思ってたことなんだと言っても並の人間にはわかってもらえる気がしない。

それが、僕より若い年でその人生の幕を閉じて俺だけが生きながらえて、って、この差は一体何なんだろうな、とか、考えてもしょうがないこととかどうしても考えてしまう。

弟が重度の障害を持って生まれてきて、俺だけが自由に動きまわったりできてしまうことに俺は子供の頃からずっと心にひっかかっててね。

子供の頃から、外に遊びに行ったりだとか、他の奴らと同じようにスポーツをしたりすることにひどく抵抗を感じて、自分が楽しんだり幸せを得たりすることが、心のどこかで罪深いことのように感じながら、極力弟と近い立場でありたいと思いながら育ってきた。

生まれて初めて彼女ができたときも複雑だった。たまたま僕の好きだった子の方から告白してきたんだけど、その時感じたのは嬉しさ半分、切なさ半分だった。

もちろん弟は自分のせいで僕が幸せを取り逃したりすることなんて望んでないことぐらいわかってた。僕には世の中に羽ばたいて欲しい、っていうようなことを弟は昔からよく言ってたし僕も頭では理解してた。

だからそんなことでクヨクヨしてもどーなるもんでもないから、僕は考え方を少しでも変えることに努めた。

僕が幸せになることが弟の幸せなんだとか、僕だけが自由に動けてしまうのは俺に与えられた試練だとか、これを乗り越えれば何かが開けるんだとか。

あるいはなんで自分だけが自由に動き回ることが出来るのかっていう答えのない疑問に対しては、それはきっと弟の介護をするために、それによって充実した毎日を過ごしてもらうためなんだとか、様々な自己暗示をかけながら、僕は自由に動けるこの体を弟のために役立てようとしたけど、漫画やドラマじゃないからな、現実の人生ってのは。そんなこと言ってもしょせんメルヘンチックな正当化や奇麗事にしか思えなくて、やはりこういうのは理屈じゃないんだ。
弟はしたくてもできないのに俺にはできてしまう。

この奇妙なギャップに苦しまずにいられることは俺には出来なかったし、それはやっぱり親子だとかその他の肉親よりも限りなく近い立場であるはずの兄弟という間柄だからこそ強く感じることなんだって俺は思ってる。

はぁ。もう一ヶ月経つのか。
いまだに出るのはため息ばかり。

表向きはごく普通に人と接したりしてるけど、やはり正直きつい。今は。でもいつまでもこんな状態でいるわけにはいかないから、気分転換できるときはして、立ち直れそうなきっかけがあればそれはつかむように努めたいとは思ってる。

というか藁をもつかむというか暗中模索で、どうしたらいいのかよくわかってないってのが本音かもしれない。

ここはこらえ時なのか、それとも感情を爆発させるべきなのか、イライラしたら物とかに当たった方がいいのか、泣けばいいのか、叫べばいいのか、笑える時には笑って少しでも気を晴らした方がいいのか。

だからとりあえず手当たり次第全部やってる。別に漫画みたいに放心状態になってるわけじゃないから。人と普通に接することぐらいできている。

時間が解決してくれるのを待つべきかとも思ったけど無気力が慢性化すると立ち直れるものも立ち直れなくなりそうだし、結局変わるのは自分が動くかどうかなんだというような気はしてるが、加害者への怒りを忘れるわけにはいかないし、それを思うとどうしても胸が苦しくなる。
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