生きてきた世界が違う。普段は身近な人に明かせない僕の本当の姿をつづっていくブログ。

異世界育ち
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イッペイ

  • Author:イッペイ
  • 健常者。弟に重度の障害者患者を持つ。
    弟は短命が宿命づけられ、
    僕はなすすべもなく見守りつつ、
    あらゆる制約を受けながらも
    常に前向きに生きてきたが社会により
    不当な扱いを受け、
    弟は虐待を受け精神錯乱状態に陥ってから
    弟は療養生活を余儀なくされたが
    約2年半後、常軌を逸した
    事件の後遺症が災いして他界。
    社会を生きていくにあたり何か壁にぶつかった時、
    弟の病気のせいにするのが嫌で
    家族にも親友にも誰にも洩らしたことのなかった
    僕の現在と過去を四半世紀経った今、
    自伝として書き綴ってみる。
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日記~2009筋ジス治療に希望の光

2005/07/08 22:43|
今日は免許の更新に行ってきた。

今でこそ僕は生き抜かなくてはいけないと思っているし、このブログでも自分の命を危険にさらすことは無いと言い聞かせてはいるが、それ以前は「今度こそだめだ、死ぬしかない」と思ったことは何度もあった。

もはや生きて今年の夏、免許が更新できるとは当時は思っていなかった。
今は1年のうちに何かイベントがあるたびに、「ああ、今、僕は生きているからこれが出来るんだな」と一つ一つを実感する日々で、今日の免許の更新もそのひとつと言えた。

こうやって僕は少しずつ這い上がることが出来るのかもしれない。
そんなことを考えながら僕は免許センターを跡にした。


他にも、帰り立ち寄った街を歩きながらこんなことも考えた。

僕はこのブログ「異世界育ち」以外にも他にブログを持っている。
そちらでは僕の特別な家庭環境や事件のことにはあまり触れていない。

非・現実的な事情を抱えた僕だけでは精神のバランスが保てそうになく、あえて、誰もが持っているごく平凡なサイトを持つことで、一般的な日常の世界との接点を持っていたほうがいいと思ったからだ。

人間は、今置かれた現状にしか目がいかず、他のことが見えなくなることが最も危険だという考えによるものだった。

そちらでは普段からちょっとした雑談や、ユーモアも交えて日記を書いていたのだが、弟の事件後は(詳細には触れないまでも)どうしても文章がナーバスになったり、お世辞にも見ていて楽しいサイトでは無くなってしまった。

しかしこれでは日常的なブログを持つことの意味は無い。
本当の姿はこの「異世界育ち」につづるとして、日常のブログの方はあくまで他者と交流が持てるぐらい穏やかであるべきだし、そちらではそろそろ僕も気持ちに整理をつけて、人が読んでも差し支えのない日記を、日常用のブログに書くように心がけよう、と思った。

日常生活をみんなと同じように笑ってすごすことは出来なくても、文章で演出するぐらいはできるかもしれないし、それが精神の安定にも役立つかもしれない。

その時、街のビルに設置してある大型モニターから
「筋ジストロフィーなどの難病に・・・」
という言葉が聞こえた。

瞬間僕は振り返り、食らいつくように画面を注視した。

筋ジストロフィー症の治療に役立つ医学の進歩が見られたらしいというニュースだった。

「ふっ・・・・」

ふざけんな、と叫びそうになったがこらえた。
医学の進歩に対してではない。
例の事件の加害者に対してだ。
あの事件が無ければ弟はこの治療を数年後に受けることが出来たかもしれないという無念さからだ。

だけど叫ぶのをこらえたというよりも、叫ぶどころじゃなかった。
次から次へと色んなことが轟々と音を立てるように頭の中を駆け巡った。

幼い頃から弟を支え続けてきたこと、学校の全校朝礼で司会の先生が「起立・着席」の号令を、生徒がしっかり出来るまで繰り返し、「そんなに繰り返さないでくれ、弟は立つだけで重労働なんだ」と心を痛めたこと。運動会の50メートル走で、ハンデをつけてもらったとは言え圧倒的最後尾で、それでも完走した弟をほめてやりたかったけど言葉が出てこなかったことから数多くの出来事が脳裏を駆け抜け、4年前のSCK事件で弟のことでくじけそうになった僕にさらに追い討ちをかけられ、今度こそ死ぬしかないと思いながらも弟のために何とか踏みとどまったこと。

また、ケータイ電話の新機種が登場するたびに僕が考えることは、その電話の利便性や、自分の娯楽のための好奇心ではなかった。
「今では色々なことが出来るようになった。えっ、今度のケータイではこんなことが出来るのか」
と驚いたあとに考えることは、
「科学はここまで進化しているんだから医学も僕たちの知らないところでどんどん進化しているに違いない」ということだった。
そして、色々な電化製品が世の中に登場するたびに、筋ジス治療への希望の光が見えたような気がして心が躍った。
電化製品とは全く関係ないかもしれないけど、人類の進歩という意味で、無理やりにでも結びつけて安心しようとしていた。

そういう人生だった。

そしてようやく立ち直ろうとした矢先に弟の虐待事件にまで過去の記憶がよみがえり、それでもやってこれたのはこの漠然とした希望を持てていたからでもあり、その希望が今になって見え始めたと思ったらすでに弟はいないわけだ。

弟が亡くなってたった5ヵ月後に、二十年以上待ち焦がれたニュースが流れたわけだ。しかもあと3日で弟の誕生日だ。

しかも弟はリハビリなどの努力により病気の進行が人よりも遅く、医者も驚くほどで、並みの筋ジス患者より長く生きることは十分に期待できた。

・・・・この意味がわかるか、と僕は無意識に街の中でつぶやいたような気がする。
無論、この場にはいない、加害者に対してだ。

しかもその治療は数年以内に実現する可能性があるらしく、いかに弟が短命だったとは言えあの事件がなければその治療を受けることが出来たかもしれない。

しかしいくら遺族が「かもしれない」という根拠の無いことを言ったところでそれを証明する手立てはない。ただ無念さが残るだけなんだ。

眩暈と断続的な耳鳴りがし始めた。
ここしばらく涙は出なくなったと思っていたがぼたぼたとこぼれ始めた。
街の人間は変な目で僕を見たかもしれないが、叫びださなかっただけマシだ。

呼吸が苦しくなってきた。
「落ち着け、息をしろ。吸ったらその次は吐くんだ」と頭の中で繰り返す。

この対処法はSCK事件の時に独自に身につけたものだ。

振り返れば僕の人生はこんなことの繰り返しだったような気がする。
それはたいてい第三者の無思慮な言動がからんだときだ。
元々抱えていた宿命だけならどんなことにも耐え抜くタフさを僕は身につけていたが、第三者に原因がある場合は怒りと悲しみからどうしても我を忘れてパニック状態に陥ってしまう、が、もはやそれにも対処できるまでになっていた。

カフェで軽食を済ませてから帰るつもりだったがそれどころではなくなっていた。

叫び出しはしなかったが、もはや黙っていることは出来なかった。

その場で母に連絡した。

今街のモニターで見たことを伝えた。

「まずは回りに気をつけてとにかく無事に帰ってきて」

という返事をもらった。

そうだ。無事に帰らなくてはいけない。

弟が錯乱状態だったとき、弟のことしか考えられず、回りが見えなくて車で事故を起こしたときのことを思い出した。

駅のホームに立ったとき、無条件に死にたい衝動にかられたが、母と連絡をとったことが幸いした。僕は無事に帰らなくてはいけない。

帰りは気がついたら地元についていた感じで、おそらくSCK事件の帰り道に似たような状態だったのかもしれない。電車の中でも涙が止まらなかったがひたすらうつむいていたような気がする。

無事に帰宅することが出来た。

しばらくしたらようやく落ち着いた。
今日はものすごく疲れた。

今書き綴ったことがあったせいもあるが、
正直とても複雑な心境だったというのもある。

治療法が見つかったのならば、ここは喜ぶべきところなんだ。

例え、弟が他界していたとしても、それが寿命だったのであれば、僕には医学の進歩を嬉しく思うだけの心があったはずだった。
なのに心から喜べない自分に吐き気がした。
それは、弟が亡くなったのは寿命ではなく、やはり加害者の起こした事件によるものだということが、僕をあきらめさせてくれないんだろう。

医学の進歩を、筋ジス患者が今後助かるかもしれない可能性を心から喜べない自分が、心底イヤになった。

たとえ、それは僕のせいじゃないという声がかかろうとも、自分の中で納得が出来ない。

疲れた。非常に疲れたよ今日は。
正直言ってこの文章も書く気がしなかったが、今日、この状態で出来事をつづっておかなくては、と半ばがむしゃらに書いた。
支離滅裂なところがあるかもしれない。

骨髄から筋肉の細胞=培養法確立、筋ジス治療に光-京大
 骨髄中の「間質細胞」と呼ばれる細胞から、筋肉のもとになる細胞を大量に培養することに、京都大の出沢真理助教授、鍋島陽一教授らのグループが成功した。この細胞をマウスに移植し、実際に筋肉になることを確認した。
 筋ジストロフィーなど筋肉が変性する難病の治療につながると期待される。研究成果は、8日付の米科学誌サイエンス電子版に発表された。 




骨髄細胞から「筋肉のもと」、筋ジス治療に応用期待

人間の骨髄にある細胞から、筋肉のもととなる細胞を大量に作る方法を、京都大の研究グループが世界で初めて開発した。

 全身の筋力が少しずつ衰えていく遺伝病の筋ジストロフィー患者への治療に応用が期待される。8日付の米科学誌サイエンスに掲載される。

 骨髄には、血液のもととなる造血幹細胞と、造血幹細胞同士をつなぐ骨髄間質細胞がある。骨髄間質細胞は、神経や骨の細胞に変化することが知られていた。

 研究グループは、人間から採取した骨髄間質細胞に細胞の分化にかかわる特定の遺伝子を入れ、細胞の増殖を促す4種類のたんぱく質を加えて培養する方法で、筋肉のもとになる「骨格筋幹細胞」を大量に作ることに成功した。

 これを、人為的に筋ジストロフィーにしたマウスに移植すると、骨格筋幹細胞が筋肉に変化。病気のために筋肉が破壊されても、それを修復するように筋肉の再生を続けた。

 鍋島陽一・京都大教授は「骨髄間質細胞は安全に採取できる。数年以内に、筋ジス患者への治療応用を目指したい」と話している。


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|2012/03/08(木) 18:30 [ 編集 ]
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