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生きてきた世界が違う。普段は身近な人に明かせない僕の本当の姿をつづっていくブログ。

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イッペイ

  • Author:イッペイ
  • 健常者。弟に重度の障害者患者を持つ。
    弟は短命が宿命づけられ、
    僕はなすすべもなく見守りつつ、
    あらゆる制約を受けながらも
    常に前向きに生きてきたが社会により
    不当な扱いを受け、
    弟は虐待を受け精神錯乱状態に陥ってから
    弟は療養生活を余儀なくされたが
    約2年半後、常軌を逸した
    事件の後遺症が災いして他界。
    社会を生きていくにあたり何か壁にぶつかった時、
    弟の病気のせいにするのが嫌で
    家族にも親友にも誰にも洩らしたことのなかった
    僕の現在と過去を四半世紀経った今、
    自伝として書き綴ってみる。
    プロフィール詳細

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日記~2009

2005/07/22 23:59|
すでに納骨済みであることなどの理屈はどうでもいい。

弟が生き返った夢をまた見た。

僕も、弟がまたこうしていられる時間は限られているものであることを本能的に悟っており、心から喜ぶことは出来なかった。

そしてまた弟も、

「僕は死んだんだよね」

と僕に尋ねた。


「その時のこと、覚えてるの?」と尋ねると弟は軽くうなずいた。

胸がねじり切られる思いになった。
弟が亡くなった瞬間は、とても「静かに息を引き取る」と言える状態ではなく、記憶に残っていて欲しくないというのが僕の願いだったからだ。

何事もなかったかのように日常生活を送っている夢ならいいが、現実に起こったこと全てが前提となっているものだった。
つまり夢の中でも、「亡くなったはずの弟が目の前にいる」という状況だった。

それでも僕は弟を抱きしめた。

争議の時、人が300人も集まって凄かったんだよ、というような話をしたが、涙があふれてくるのを止めることが出来なかった。

徐々に時間が迫って来ているのを感じた。

「あっ、どうしよう、また来た、またあのときの感覚だ!」

と弟がおびえ始めた。

まもなく、弟は再び全身の力が抜け、僕の腕の中で息絶えたが、そのあとも僕のことを見続けていた。

(弟は単に病気の寿命だったのではなく、常軌を逸した事件の恐怖から後遺症をこうむり、尋常ではない精神障害を負い、極度のストレスで心臓に負担がかかることで亡くなったと僕は考えており、これが弟の病気と同じ患者全ての人のの行く末だとは思っていない。つまりこの病気の人生の締めくくり方がこういうものではないことを強調しておく)

目が覚めたあと、もはや涙は出なくなっていたが、僕は全身から汗が噴出し、指先まで硬直していた。
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