生きてきた世界が違う。普段は身近な人に明かせない僕の本当の姿をつづっていくブログ。

異世界育ち
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イッペイ

  • Author:イッペイ
  • 健常者。弟に重度の障害者患者を持つ。
    弟は短命が宿命づけられ、
    僕はなすすべもなく見守りつつ、
    あらゆる制約を受けながらも
    常に前向きに生きてきたが社会により
    不当な扱いを受け、
    弟は虐待を受け精神錯乱状態に陥ってから
    弟は療養生活を余儀なくされたが
    約2年半後、常軌を逸した
    事件の後遺症が災いして他界。
    社会を生きていくにあたり何か壁にぶつかった時、
    弟の病気のせいにするのが嫌で
    家族にも親友にも誰にも洩らしたことのなかった
    僕の現在と過去を四半世紀経った今、
    自伝として書き綴ってみる。
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日記2010~命日に被害者と遺族について思う。

2014/02/08 22:26|
あまりにも久しぶりの投稿ですが、未だに弟の命日に悼んで下さる方がいらっしゃるので、この場を借りて御礼を申し上げたく。

僕は何とかやっています。
が、限界近いかもしれません。
機会があればその話はまた別の場を設けて話したいところです。

希望休で実家に帰る予定が、父がインフルエンザにかかり、うつるから帰ってこない方がいいと言われ、1日自宅で偲んでました。

(この数年で色々あり、2年前から一人暮らしを始めている)

命日の今朝、夢に出てきて、起きた時には涙でずぶ濡れてましたが、命日に夢で会えた、なんて綺麗なおはなしにはとてもできないもんです。

思い出したのが先日、社員旅行で行った某諸外国。
ちょうど一年前にもその地を訪れた時に、現地で無差別殺傷事件が起きた。
30分前に僕らが買い物をしていた店でそこを去った直後、何か叫び声がするなあとは思ったけど、酔っ払った日本人観光客が騒いでるんだろう、くらいにしか思ってなくて、事件のことを知ったのは翌朝だった。

あれから一年。
僕らのように現地を訪れた人たち以外で、どれほどの人があの事件を覚えてるんだろう。
世の中にはどれほどの数の、どれほどの尊いものが、どれほど理不尽な理由で奪われ、そして忘れ去られて行くのか。

被害者や遺族にとっての積み重ねてきた家族の歴史は全て否定され、家族の時間は静止する。

前に進むことも、後に戻ることも許されない中、世の中は時の流れを止めてはくれない。

進めなくても、進むしかないわけだ。

だけど踏み出そうとする一歩はあまりにも重く、手枷足枷をつけたままフルマラソンに挑もうとしているようなもので、何事もなかったかのような顔をして世の中に溶け込むにはあまりにも過酷を強いられる。

あの事件の遺族の方は殊勝なコメントを残してるけど、始めはそうせざるを得ないだろうね。

メディアでも取りざたされた大きなニュース。
世間の目もある。
前を向くしか、自分が生きて行く術がないというのもあるだろう。

だけど事件直後1〜2年より、三年、五年と月日を経て事件が風化してきた頃に、やっぱりどうしても過去を拭い去れない自分に気づかされた時に本当の過酷さは訪れる。
今までの人生で抱いたことのない、自分とは全く無縁だと思っていたドス黒い感情に支配されそうになるのを必死にこらえ続けることになる。
そして周囲からの無思慮な激励の声に心は傷つく。

真の絶望の前にはどんな言葉も心に届かないことを知らない一般人は、どうにかして救ってやりたいという一心で、心への逆撫でにしかならない励ましの声を浴びせにかかる。
それがトドメの一言になりかねないことも知らずにね。
それは悪意のある攻撃ではなく、良かれと思ってしてくれている厚意によるものであることが逆に当事者にとって一番のストレスになる。

何をしてくれたところで、遺族にとって救いとなる術はない。

その頃には、人々の記憶には当時の凄惨さは残ってはいない。
むしろ過去のことは尊い命、思い出の場所、などと言う言葉に置き換えられて美化される。
だけど、当事者にとって、過去の惨劇は2時間ドラマとは違い、人生そのものを変える出来事であり、それは当事者にしかわからないことで、だから悲劇は風化させてはいけないんだ。

そのために何が出来るのか?

いずれ、本を書きたいと思ってるけど、具体的なことを書こうとすると頭の中が真っ白になる。

感情が怒涛のように脳内で交錯しすぎる。

きっと僕もこれからも、前へ進むことはできないんだろうということは漠然と感じている。

あれから10年近く経とうとしている。
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